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さかうえストーリー

― 坂上社長は鹿児島の高校を卒業後、関東の大学に進学され、その後もご自身の見聞を広めるために勉強された時期もあったというように伺っていますが、いろいろと選択肢がある中で、志布志に戻って農業をやろう、と思われた理由は何ですか?

理由はいくつかありますが、一番大きな理由は自然を相手にして働きたいと思ったことです。 大学時代、師と仰いでいた先生が退官されたときにまず自分のこれからの人生について考えるようになりました。
そして、その後も、剣道の稽古を通じて人間の持つ“気”の存在を感じたことをきっかけに、自己探求や自然の法則など哲学的な本を貪り読んだ時期があり、その中で、どのように生きていくのが自分にとって幸せなのであろうということについてさらに深く考えはじめました。

その結果、人間の欲望にはきりがない、だから、「自分ではどうにもできない位に大きな存在の中で生かされている」と感じながら生きていくことこそが幸せに繋がるという考えに至りました。
それが「自然」であり、その自然に身を置いて、花鳥風月で季節のうつりかわりを感じるようなピュアな心を持って過ごしていければ幸せではないのかと。

例えば、雨が来ても誰も雨に怒りはしないじゃないですか。 それは自然を自分ではどうしようも出来ない存在だからと捉えているからですよね。
そういう存在を相手にしていると自分自身も邪念や妄想がなく過ごしていける、そういった心で人生を過ごせるのは最高ではないか、と思いました。

― それで志布志に戻る決断をされた。

そうです。 志布志に帰る時に、農業で生きていくというルールを決めました。
そう決めてからは余計なことに迷うことは一切なくなりました。
迷うことがなくなると自由を手に入れられます。

自由という言葉はよく使われますが、責任というルールがない自由は、本当の自由ではありません。 人は責任を負うことで方向性が定められ、進んでいけるという自由を得ると思います。

一方、ルールがない自由は、何でもできるし動き回れる、一瞬自由を得たような気になりますが、 気づくと何でもできる事自体が自分自身に覆いかぶさり、本当の自由を手に入れられません。 結局、表面上の自由でしかないのです。 私は他の道を捨て農業という道に生きると決めたことで、 農業で生きていけるという最高の自由を手に入れました。

― 競争相手は太陽だったと聞きましたが本当ですか?笑

本当です、笑。
一つの農作物を作るということにおいて、多くの作物は年に1度しか機会がないんですね。 土づくりも、種蒔きも、その間のさまざまな作業もその1度の収穫の為におこなうわけです。良い作物を作るためには、やるべきことがたくさんあり、今やっておかないと後で影響が出てしまいます。 

そのような状況で常に先々のことを考えながら作業をしていたら、結果、太陽が出る前に畑に出て太陽が沈むまで仕事する、というようなことになっていました。太陽が競争相手になっていたんですよね。一日一生懸命に仕事して今日も太陽に勝ったな、とニンマリ。 でも、そういうふうに仕事に没頭する中で多くの事を学びました。 今でもウチの若手社員にはまずは太陽に勝つくらい仕事しろ、ってよく言っています。

志布志に戻って、最初の1年位は父親にしたがっていましたが、 やはり自分でいろいろと工夫しながらやりたくなって。 その時は、いわば父親の操縦する「船」に乗っていたんですが、自分の思った通り仕事するためには、自分で「船」を操縦しないといけないなと。 船頭は二人はいらないということですね。

それで、当時は芝の栽培を中心にやっていて 冬は割と暇だったので単独で大根を作ることにしました。 普通の大根を栽培しても儲からないので、新聞などで市場調査して収益が期待できる青首大根を作ったのですが、そう簡単に市場で高値取引されるようなものでもなく、、、。 お金というのは無くなっていくのはすごく早いですね、その時、ちょうど家や倉庫を建てるっていう話もあったのですが、 その資金があっという間に尽きました。
結局は父親の船に助けてもらうことになったのですが(苦笑)。

このことによって、農産物を高く売ろうという考え方から、いかに「損をしないか」という考え方に変わっていきました。その辺りから契約栽培にシフトしていきました。


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